機械学習による準結晶の探索
データ科学で準結晶の発見を大幅に加速
準結晶は通常の結晶のような並進対称性を持たないが,原子配列に高度な秩序がある物質群です.最初の準結晶は1984年にSchechtmanによって発見されました.その後およそ35年間で100種類以上の準結晶が見つかり,準結晶は新しい固体構造の概念として確立されました.しかしながら,近年は準結晶の発見のペースが著しく鈍化しています.本センターのグループは,2019年に始動した科研費新学術領域「ハイパーマテリアル:補空間が創る新物質科学」(領域代表:東京理科大学 田村隆治 教授)に参画しています.我々は,機械学習の解析技術で新しい準結晶の発見を加速し,準結晶の形成メカニズムの理解を促進します.
準結晶相の組成予測
準結晶研究への機械学習の応用は,依然として全くの未踏領域です.機械学習は準結晶の発見に貢献できるのか.この問いに答えることが本研究の出発点です.まず我々は,極めてシンプルな教師あり学習で準結晶を予測することに取り組みました.モデルの入力変数は化学組成,出力変数は、“準結晶”,“近似結晶”,通常の周期結晶を含む“その他”を示すクラスラベルとします.学習データには,これまでに発見された準結晶,近似結晶,結晶の化学組成を用いました.このデータを用いて訓練したモデルの3クラス分類問題における予測能力を系統的に調べました.アルミニウムと遷移元素を含む三元合金系の全ての探索空間を対象に,予測された準結晶相を文献から抽出した実験相図と比較したところ,相図の予測精度は適合率が約0.793,再現率は約0.714に達することが分かりました.このアプローチを用いて,準結晶や近似結晶を形成する候補組成を絞り込めば,物質探索の効率が大幅に向上することが期待されます.
物理法則の発見
さらに,機械学習のブラックボックスモデルに内在する入出力のルールを抽出することで,準結晶と近似結晶の相形成に関する法則を明らかにしました.この法則は,原子のファンデルワールス半径や平均遍歴電子数の分布に関する5つの単純な式で表されます.これらの条件は,準結晶研究において長年求められてきた新しい準結晶を探索するための設計指針となります.この研究成果をもとに凝縮系物理学の中心課題である準結晶の安定性メカニズムを解明します.
実証のステージへ
今回の研究によって,我々はデータ科学による準結晶の発見を実現するための第一歩を踏み出しました.現在,この予測モデルを用いて,多くの共同研究者が新しい準結晶の合成に取り組んでいます.1984年に初めて準結晶が発見されてから35年近くが経過したにもかかわらず,準結晶の形成条件や安定化のメカニズムはほとんど分かっていません.データ科学が準結晶研究の未解決問題の解決に大きく貢献できるかもしれません.
図: 機械学習による準結晶の形成ルールの発見